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じゃばじゃば日記

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「食べる」ということ

2011/04/10(Sun)20:39

若いときはお腹を満たすために食べる。

年をとると心も満たすために食べる。


今夜



いい夜だ。

何年か

前、

突然

親父に

「お前は食べるために生きるんだと思う?それとも生きるために食べるんだと思う?」



聞かれた

ことがある。

少し

だけ

考えた

あと

僕は

「食べるために生きる」



答えた。

親父は

「確かに食べるために生きなければならない時代があった。でも今は豊かになって、食べ物に困ることがほとんどなくなった。生き方が多様化した現代は生きるために食べるのが本当だと思う」

ということ



言った。

確かに

親父の

言っていることも

わかるし、

正しい



思う。

特に

親父は

インテリかぶれ

だから

そのように

思うのだろう。

でも

僕は

やっぱり

「食べる」

ということは

人間が

「生きる」

ということの

根源的な

営み

だと

思う。

本当に

おいしい

ものを

食べる



いうことは、

愛する

人を

愛撫

するのに

似ている。

口では

うまく

説明

できないが、

あの

満ち足りた

快感



幸福感



まさに

筆舌に

尽くしがたい

もの



ある。

「食べる」

ということは

他の

生き物



命を

奪い取って

自分の

命に

する、

ということだ。

確かに

現代では

生殖行為



行わずに

子孫を

残すことが

可能で

あることと

同じように、

必ずしも

生きていく

上で

口から

食物



取り入れる

ということを

必要と

しない。

しかし

パンが

肉に

ぶどう酒



血に

なった

時代から

人間



本質は

変わらない



僕は

思う。

「食べる」

ということは

天地



恵み



自分

以外の



命の

恵み



感謝

する

ということだ。

人間



決して

「食べる」

ということを

忘れては

ならない。
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No.648|ひとりごとComment(0)Trackback

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